最終更新日 2025年7月28日 by boyjackcl
スポーツを楽しむ上で、最高のパフォーマンスを発揮することと同じくらい大切なのが、ご自身の「歯を守る」という意識です。
こんにちは、歯科医師の佐藤佳織です。
私はこれまで20年以上にわたり、多くの患者さんの歯を診てきました。
その中には、スポーツに打ち込む学生さんから、趣味で運動を続けるシニアの方まで、様々なアスリートがいらっしゃいます。
彼らの口腔内を拝見する中で痛感するのは、一瞬の接触や転倒によって、かけがえのない歯が失われてしまうケースが後を絶たないという現実です。
この記事では、そんな悲しい事故から皆さんを守る「マウスガード」について、その本当の役割と、あなたに合った正しい選び方を、私の臨床経験を交えながら分かりやすく解説していきます。
関連:豊中でインビザライン(マウスピース矯正)│豊中本町歯科クリニック
目次
スポーツと口腔トラブルの現実
見落とされがちな「歯の外傷」
スポーツ中の怪我というと、骨折や捻挫を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、顔や口の周りにボールや他人の身体がぶつかることで起こる「歯の外傷」は、決して珍しいことではないのです。
特に、以下のようなスポーツでは注意が必要です。
- バスケットボール
- サッカー
- 野球
- ラグビー
- 格闘技全般(ボクシング、空手など)
これらのスポーツでは、選手同士の接触が避けられないため、歯が折れたり、抜け落ちたりするリスクが常に伴います。
歯を失うリスクとその代償
もし、スポーツが原因で前歯を1本失ってしまったら、どうなるでしょうか。
見た目の問題はもちろん、食事や会話がしにくくなるなど、日常生活に大きな支障をきたします。
失った歯を補うためには、インプラントやブリッジといった専門的な治療が必要となり、高額な費用と長い治療期間がかかることも少なくありません。
たった一度の油断が、生涯にわたる大きな代償につながる可能性があるのです。
顎関節や咬み合わせへの影響
外傷だけでなく、スポーツ時に無意識に行っている「強い噛みしめ」も、口腔トラブルの原因となります。
瞬間的に大きな力を出す際、私たちは歯を強く食いしばっています。
この食いしばりが過度になると、歯がすり減ったり、欠けたりするだけでなく、顎の関節に負担がかかり「顎関節症」を引き起こすこともあります。
顎の痛みや口が開きにくいといった症状は、競技パフォーマンスにも悪影響を及ぼしかねません。
マウスガードとは何か?
基本構造と素材の種類
マウスガードは、お口の中に入れることで、外部からの衝撃を和らげ、歯や顎、そして脳へのダメージを軽減する保護装置です。
多くは、EVA(エチレン・酢酸ビニル共重合体)という、柔らかく弾力性のあるプラスチック素材で作られています。
この素材がクッションの役割を果たし、強い衝撃を吸収してくれるのです。
市販品とカスタムメイドの違い
マウスガードには、大きく分けてスポーツ用品店などで手に入る「市販品」と、歯科医院で歯型を採って作る「カスタムメイド」の2種類があります。
両者の違いを理解しておくことが非常に重要です。
種類 | メリット | デメリット |
---|---|---|
市販品 | ・安価 ・手軽に入手できる | ・適合性が低い ・外れやすい ・呼吸や会話がしにくい ・保護効果が不十分な場合がある |
カスタムメイド | ・適合性が非常に高い ・外れにくい ・呼吸や会話の妨げになりにくい ・保護効果が高い | ・比較的高価 ・作製に時間がかかる |
スポーツごとのマウスガード着用ルール
競技によっては、安全のためにマウスガードの着用が義務化、または推奨されています。
例えば、アメリカンフットボール、ボクシング、キックボクシング、ラグビー(高校・大学など)では着用が義務付けられています。
ルールで定められていなくても、ご自身の歯を守るためには、接触プレーのあるスポーツでは積極的に使用を検討すべきでしょう。
マウスガードの予防効果と科学的根拠
外傷防止に関する研究データ
マウスガードが、いかに歯の外傷予防に効果的であるかは、多くの研究によって証明されています。
ある調査では、マウスガードを装着していない選手は、装着している選手に比べて、実に1.6倍から1.9倍も口や歯に怪我を負うリスクが高いという結果が報告されています。
これは、マウスガードが単なる「気休め」ではなく、科学的根拠に基づいた有効な予防策であることを示しています。
咬合安定とパフォーマンスへの影響
マウスガードの効果は、怪我の予防だけにとどまりません。
適切に作られたマウスガードを装着すると、噛み合わせが安定し、顎の位置が正しい場所に定まります。
これにより、全身のバランス感覚が向上し、筋力が発揮しやすくなるなど、競技パフォーマンスの向上に繋がる可能性が指摘されています。
特に、瞬発力や集中力が求められる競技において、その効果を実感するアスリートは少なくありません。
口腔内の清潔維持と衛生管理
マウスガードは直接お口の中に入れるものですから、衛生管理が非常に重要です。
使用後に洗浄を怠ると、細菌が繁殖し、虫歯や歯周病、口臭の原因となってしまいます。
正しいケア方法を実践し、常に清潔な状態を保つことが、お口の健康を守る上で不可欠です。
これは、予防歯科の観点からも非常に大切なポイントです。
適切なマウスガードの選び方とメンテナンス
年齢や競技に応じた選び方
マウスガードを選ぶ際は、年齢や競技の特性を考慮する必要があります。
成長期にあるお子さんの場合は、顎の成長に合わせて定期的に作り直す必要があるため、歯科医師と相談しながら進めるのが良いでしょう。
また、格闘技のように強い衝撃が予想される競技では厚めのものを、会話や呼吸のしやすさを重視する球技などでは薄めのものを選ぶなど、競技に合わせた調整が可能なのもカスタムメイドの利点です。
歯科医院での作製プロセス
歯科医院でカスタムメイドのマウスガードを作る場合、一般的に以下のステップで進められます。
- カウンセリング:スポーツの種類や使用目的などを詳しくヒアリングします。
- 口腔内診査・型取り:虫歯や歯周病がないかチェックし、精密な歯型を採ります。
- 模型上での設計:採った歯型で模型を作り、噛み合わせなどを考慮しながら設計します。
- マウスガードの作製:専用の機械を使い、加熱・加圧してシートを歯型に圧接し、成形します。
- 装着・調整:完成したマウスガードを実際に装着してもらい、違和感がないか、噛み合わせは適切かなどを細かく調整して完成です。
使用後のケアと交換の目安
大切なマウスガードを長持ちさせ、衛生的に使うためには、日々のケアが欠かせません。
- 使用後:流水でよく洗い、汚れを落とします。
- 保管:清潔な専用ケースに入れ、風通しの良い場所で乾燥させます。熱湯消毒は変形の原因になるので絶対に避けてください。
- 定期的な洗浄:週に1〜2回、専用の洗浄剤を使うと、より清潔に保てます。
- 交換の目安:穴が開いた、変形した、汚れが落ちなくなった、というのが交換のサインです。また、1年に1度は歯科医院でチェックを受けることをお勧めします。
実際の現場から:患者の声とエピソード
「野球部の中学生が前歯を守れた話」
以前、私のクリニックに野球部の男の子が来院しました。
お母様が心配して、カスタムメイドのマウスガードを作りたいとのことでした。
その数ヶ月後、彼は試合中に守備で他の選手と激しく衝突してしまいました。
幸い大きな怪我はありませんでしたが、マウスガードにはくっきりと相手の歯の跡がついていたそうです。
「これがあったから、前歯が折れずに済みました!」と親子で報告に来てくれた時の安堵の表情は、今でも忘れられません。
「格闘技選手のカスタムマウスガード体験」
プロの格闘家である患者さんは、市販品では試合中にズレてしまい、集中できないことに悩んでいました。
そこで、しっかりと噛みしめられるカスタムメイドのマウスガードを作製したところ、こんな感想をいただきました。
「自分の歯にピッタリ合っているから、全く気にならない。むしろ、これを着けている方が力が入りやすいし、安心して打ち合えるようになりました。」
守られているという安心感が、最高のパフォーマンスを引き出す一助となった良い例だと思います。
「着用を続けたことで噛み合わせが改善した例」
趣味でウェイトトレーニングを続けている50代の男性は、トレーニング中の強い食いしばりで、歯のすり減りと顎の違和感を訴えていました。
彼のために少し厚めのマウスガードを作り、トレーニング時に必ず装着してもらったところ、数ヶ月後には顎の違和感がなくなり、噛み合わせも安定してきました。
怪我の予防だけでなく、お口全体の健康維持にも繋がったケースです。
高齢アスリート・趣味スポーツ層への提言
シニア世代と運動習慣の広がり
近年、健康寿命を延ばすために、シニア世代でスポーツを楽しまれる方が非常に増えています。
ウォーキングやゴルフ、テニスなど、その種類も様々です。
しかし、年齢とともにお口の中も変化します。
歯周病が進行していたり、歯が弱くなっていたりすることが多いため、若い頃と同じ感覚でいると思わぬトラブルに見舞われることがあります。
義歯・ブリッジとマウスガードの併用
特に、義歯(入れ歯)やブリッジ、インプラントが入っている方は注意が必要です。
転倒などの際に、それらの人工の歯が壊れたり、支えているご自身の歯にダメージを与えたりする可能性があります。
このような場合でも、歯科医院で相談すれば、お口の状態に合わせて義歯などを保護するためのマウスガードを作製することが可能です。
大切な“治療した歯”を守るためにも、ぜひ検討していただきたいと思います。
“第二の人生”を支える口腔ケア
私が常々お伝えしているのは、「歯は“老後の資産”である」ということです。
健康で活動的なセカンドライフを送るためには、しっかりと噛んで食事を摂り、会話を楽しむためのお口の健康が土台となります。
スポーツを楽しむことは、その素晴らしい人生の一部です。
その楽しみを、歯のトラブルで中断させないためにも、予防という視点を持つことが何よりも大切なのです。
まとめ
スポーツと歯の健康を両立させるために、私たちが今日からできることがあります。
- リスクの認識:ご自身が行うスポーツに、どのような口腔トラブルのリスクがあるかを知る。
- 予防策の実践:リスクから歯を守る最も有効な手段の一つが、マウスガードの着用であると理解する。
- 専門家への相談:自分に合ったマウスガードを選ぶために、かかりつけの歯科医師に相談する。
マウスガードは、単なる防具ではありません。
それは、あなたの未来の健康と、スポーツを心から楽しむ時間を守るための、価値ある“投資”です。
この記事が、あなたの大切な歯を守るきっかけとなれば、歯科医師としてこれ以上の喜びはありません。
まずは「守るために、知ることから」始めてみませんか。