最終更新日 2025年6月27日 by boyjackcl
こんにちは、歯科医師の田島純子です。
この度はご懐妊おめでとうございます。
新しい命を育む特別な時間、期待と共に少しの不安もお持ちかもしれませんね。
「妊娠すると歯が悪くなる」「お口のトラブルが赤ちゃんに影響する」といった話を聞き、心配になってこの記事を手に取ってくださった方もいらっしゃるでしょう。
長年、多くの女性のお口を診てきた経験から申し上げますと、その心配は決して大袈裟なものではありません。
しかし、正しい知識を持って適切に対処すれば、お母さんと赤ちゃんの健康をしっかりと守ることができます。
この記事では、なぜ妊娠中に歯科ケアが重要なのか、そしてご自身でできること、私たち専門家がお手伝いできることを、わかりやすく丁寧にお伝えします。
どうぞ、ゆったりとした気持ちで読み進めてくださいね。
目次
なぜ? 妊娠中に歯のトラブルが増える3つの理由
妊娠は女性の体に大きな変化をもたらし、お口の中も例外ではありません。
ここでは、なぜ妊娠中に虫歯や歯周病のリスクが高まるのか、その主な原因を3つご紹介します。
1. 女性ホルモンの変化で歯ぐきが敏感に
妊娠中はエストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンが大幅に増加します。
実は、これらのホルモンは特定の歯周病菌の好物で、菌の増殖を促してしまうことがわかっているのです。
その結果、普段なら何でもないわずかな歯垢(プラーク)でも、歯ぐきが腫れたり出血しやすくなったりする「妊娠性歯肉炎」を引き起こします。
今まで歯ぐきのトラブルがなかった方でも、歯磨きの時に血がにじんで驚くことがあるかもしれません。
2. つわりや食生活の変化によるケア不足
「つわりで歯ブラシを口に入れるのも辛い…」
「食事の回数が増えたけれど、その都度歯磨きはできない…」
そんな経験はありませんか?
つわりによる吐き気や、食事回数の増加、酸っぱいものを好むようになるといった変化は、どうしても丁寧な歯磨きを難しくします。
また、胃酸が逆流することでお口の中が酸性に傾き、歯の表面が溶けやすい環境になることもリスクの一つです。
3. 唾液の量と質の変化
妊娠中は唾液の分泌量が減少し、ネバネバしやすくなる傾向があります。
唾液には、お口の中の汚れを洗い流したり(自浄作用)、酸を中和したり、初期の虫歯を修復したりする大切な働きがあります。
その機能が低下しがちになることで、虫歯や歯周病が進行しやすい状態になってしまうのです。
【本題】妊娠中の歯周病、赤ちゃんへの影響は「本当」です
ここがこの記事で最もお伝えしたい大切な部分です。
妊娠中のお口のトラブル、特に歯周病が、お腹の赤ちゃんに影響を及ぼす可能性があることは、医学的にも明らかになっています。
でも、いたずらに不安になる必要はありません。
「だからこそケアが大切」ということを知っていただくための、重要なメッセージだと思ってください。
歯周病が「早産」や「低体重児出産」のリスクを高める仕組み
歯周病が進行すると、歯ぐきで増えた炎症物質が血流に乗って全身に運ばれ、子宮にまで到達することがあります。
この炎症物質が子宮の収縮を促し、体が「出産のサイン」と誤認してしまうことで、陣痛が早まり、早産や低体重児出産につながる可能性があるのです。
ある報告では、歯周病にかかっている妊婦さんは、健康な妊婦さんと比べて早産や低体重児出産のリスクが約7倍にもなるとされています。
これは、喫煙やアルコールによるリスクよりも高いというデータもあるほど、見過ごすことのできない問題なのです。
生まれてくる赤ちゃんへの虫歯菌の感染リスク
生まれたばかりの赤ちゃんの口の中には、虫歯菌(ミュータンス菌)はいません。
では、どこからやってくるのでしょうか?
多くの場合、スプーンの共有や食べ物の口移しなどを通して、お母さんやご家族の唾液から感染します。
つまり、お母さんのお口の中を清潔に保ち、虫歯菌を減らしておくことが、赤ちゃんの将来の虫歯予防の第一歩になるのです。
これは、生まれてくる赤ちゃんへの最初の素敵なプレゼントとも言えますね。
いつ・どう受ける? 安心して歯科治療を受けるためのガイド
「赤ちゃんへの影響はわかったけれど、歯医者さんに行っていいの?」
そんな疑問にお答えします。
具体的な解決策を知って、安心して行動に移しましょう。
歯科治療に最も適した時期は「妊娠中期(5~7ヶ月)」
歯科治療を受けるのに最も適しているのは、一般的に「安定期」と呼ばれる妊娠中期(16週~27週頃)です。
- 妊娠初期(~15週): 赤ちゃんの重要な器官が作られる大切な時期なので、応急処置に留めるのが基本です。
- 妊娠中期(16~27週): つわりが落ち着き、体調も安定するため、ほとんどの歯科治療を安心して受けられます。
- 妊娠後期(28週~): お腹が大きくなり、診療台で仰向けの姿勢を保つのが辛くなるため、長時間の治療は避けるのが一般的です。
もちろん、痛みが強いなど緊急の場合は時期を問わず対応しますので、まずはかかりつけ医にご相談ください。
不安なあなたへ:レントゲン・麻酔の安全性について
「レントゲンや麻酔は赤ちゃんに影響ないの?」
これは、誰もが抱く当然の不安だと思います。
どうぞ、ご安心ください。
- レントゲン撮影について
歯科で使うデジタルレントゲンは、お口周りだけの部分的な撮影で、放射線量もごくわずかです。
撮影時には必ず鉛の入った防護用のエプロンを着用するため、お腹の赤ちゃんへの影響はまずありません。 - 麻酔について
治療に使う局所麻酔も、通常量では胎盤を通過することはなく、母子ともに安全に使用できるものが選ばれます。
痛みを我慢するストレスの方が、かえってお腹の赤ちゃんに良くない影響を与えることもあります。
心配な点は、どんな些細なことでも遠慮なく私たち歯科医師に伝えてくださいね。
多くの自治体で実施されている「妊婦歯科健診」を活用しよう
お住まいの地域にも、きっとあるはずです。
多くの自治体では、妊娠中に1回、公費で歯科健診を受けられる制度を設けています。
母子健康手帳と一緒にもらえる受診票を使って、ぜひこの機会に専門家によるチェックを受けましょう。
お口の状態を知り、プロのケアを受ける絶好のチャンスです。
お住まいの市区町村のウェブサイトなどで、ぜひ確認してみてください。
今日からできる! 歯科医師が教える妊婦さんのセルフケア
歯科医院でのプロフェッショナルケアと合わせて、毎日のセルフケアもとても大切です。
ご自身のペースで、無理なくできることから始めてみましょう。
つわりが辛い時期の歯磨きのコツ
「歯磨きは食後すぐ」と思いがちですが、体調の良い時で大丈夫ですよ。
無理は禁物です。
- タイミング: 気分が良い時、お風呂の時間など、リラックスできる時に行いましょう。
- 歯ブラシ: ヘッドの小さな子ども用の歯ブラシに変えると、奥まで入れやすくなります。
- 歯磨き粉: 香りの強くないものや、発泡性の少ないジェルタイプを選ぶのもおすすめです。
- うがい: どうしても無理な時は、デンタルリンスでうがいをするだけでもお口がさっぱりします。
- 姿勢: 少し下を向いて磨くと、唾液が喉にたまりにくく、吐き気を抑えられます。
歯ぐきのマッサージとフロスの習慣
歯磨きの際に、清潔な指の腹で歯ぐきを優しくマッサージすると血行が良くなり、歯肉炎の予防に繋がります。
また、歯ブラシだけでは届きにくい歯と歯の間の汚れは、歯周病の大きな原因になります。
デンタルフロスや歯間ブラシを使って、1日1回で良いので丁寧に汚れを取り除きましょう。
出血しても怖がらず、優しく続けてみてください。
赤ちゃんの歯を作る栄養素を意識した食事
赤ちゃんの歯の基礎(歯胚)は、お腹の中にいる時から作られています。
お母さんの食事が、赤ちゃんの丈夫な歯を作ります。
- カルシウム: 歯や骨の主成分(牛乳、小魚、豆腐など)
- タンパク質: 歯の土台を作る(肉、魚、卵、大豆製品など)
- ビタミンA: 歯のエナメル質を作る(緑黄色野菜など)
- ビタミンC: 歯の象牙質を作る(果物、野菜など)
- ビタミンD: カルシウムの吸収を助ける(きのこ類、魚など)
特別なサプリメントに頼るのではなく、日々の食事からバランス良く摂ることを意識してみてくださいね。
よくある質問(FAQ)
Q: 妊娠中に親知らずが痛み出しました。抜歯はできますか?
A: 状態によりますが、炎症が強い場合や抜歯が必要な場合は、比較的安定している妊娠中期に行うのが望ましいです。
ただし、抗生物質や痛み止めの服用が必要になるため、まずはかかりつけの歯科医師と産婦人科医に相談し、最も安全な方法を検討します。
応急処置で痛みを抑え、出産後に抜歯するケースも多いですよ。
Q: 妊娠中に市販の痛み止めを飲んでも大丈夫ですか?
A: 自己判断で市販の痛み止めを服用するのは絶対に避けてください。
妊娠中でも比較的安全に使える薬はありますが、種類や時期によっては赤ちゃんに影響を及ぼす可能性があります。
歯が痛む場合は、まず歯科医院を受診し、産婦人科医とも連携の上で安全な薬を処方してもらうようにしましょう。
Q: 歯磨きのたびに出血します。どうすればいいですか?
A: 妊娠中はホルモンの影響で歯ぐきがデリケートになっているため、出血しやすくなります。
しかし、出血を怖がって歯磨きを怠ると、歯周病がさらに悪化してしまいます。
柔らかめの歯ブラシを使い、歯と歯ぐきの境目を優しく丁寧に磨くことを心がけてください。
出血が続く場合は、歯周病が進行している可能性があるので、早めに歯科医院を受診しましょう。
Q: 出産後は忙しくて歯医者に行けそうにありません。
A: そのように心配されるお母さんはとても多いです。
だからこそ、体調が安定している今のうちに検診や必要な治療を済ませておくことを、私は強くお勧めします。
出産後は育児に追われ、ご自身のことはどうしても後回しになりがちです。
お口のトラブルが出産後に悪化しないよう、今のうちにケアしておくことが、未来のお母さん自身と赤ちゃんのためになります。
Q: パートナーに協力してほしいことはありますか?
A: 素晴らしいご質問ですね。
ぜひ、パートナーの方にも妊娠中の口腔ケアの重要性を理解してもらいましょう。
体調が悪い時に歯磨きを気遣ってくれたり、一緒に歯科検診についてきてくれたりするだけでも、お母さんの心の負担は軽くなります。
お二人の赤ちゃんのために、ぜひ一緒に取り組んでください。
まとめ
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
妊娠中の歯科ケアが、お母さんご自身の健康はもちろん、お腹の赤ちゃんの健やかな成長にとっても、いかに大切かお分かりいただけたかと思います。
- 妊娠中はホルモンの影響で歯のトラブルが増えやすい
- 歯周病は早産・低体重児出産のリスクを高める
- 安定期(妊娠中期)なら安心して歯科治療が受けられる
- セルフケアと妊婦歯科健診の活用がとても大切
「一子を得ると一歯を失う」ということわざがありますが、これは昔の話。
今は正しい知識とケアで、歯を失うことなく健康なマタニティライフを送ることができます。
妊娠は、ご自身の体と、そしてお口の中と、丁寧に向き合う素晴らしい機会です。
この記事をきっかけに、ぜひお近くの歯科医院に足を運んでみてください。
私たち歯科医師は、いつでもあなたの味方です。
元気な赤ちゃんのご誕生を心からお祈りしています。