大人の虫歯は子どもと違う〜根面虫歯の恐ろしさと予防法

最終更新日 2025年10月30日 by boyjackcl

「最近、歯が長くなったように感じる…」
「冷たい水や歯ブラシの毛先が、歯の根元に触れるとピリッとしみる…」

もしあなたが40代を過ぎて、こんな風に感じることがあるなら、それは「大人の虫歯」のサインかもしれません。

こんにちは。
歯科医師の田島純子です。
都内の歯科医院で30年間、たくさんの患者さんのお口の悩みと向き合ってきました。

長年の経験から断言できることがあります。
それは、大人の虫歯は、子どもの虫歯とはまったくの別物だということです。

特に注意が必要なのが、歯茎が下がったことで露出した歯の根っこにできる「根面虫歯(こんめんうしょく)」。
この記事では、その根面虫歯の本当の恐ろしさと、今日からご自身でできる具体的な予防法を、私の経験を交えながら詳しくお話しします。

この記事を読み終える頃には、あなたはご自身の歯を守るための正しい知識と、具体的な行動プランを手にしているはずです。
「知らなかった」で手遅れになる前に、ぜひ最後までお付き合いください。

そもそも「大人の虫歯」とは?子どもとの決定的な違い

「虫歯」と聞くと、多くの方が子どもの頃の経験を思い出すのではないでしょうか。
チョコレートやアメをたくさん食べて、歯の溝が黒くなって、歯医者さんでキーンと削られる…そんなイメージですよね。

もちろん、それも虫歯の一つの姿です。
しかし、大人の虫-歯、特に40代以降に急増する虫歯は、その原因もできる場所も、そして進行の仕方も、子どもの虫歯とは大きく異なります。

子どもの虫歯:甘いお菓子と歯磨き不足が主な原因

子どもの虫歯の多くは、歯の噛み合わせの面や、歯と歯の間にできます。
これは、お菓子などの糖分をエサに虫歯菌が酸を作り出し、歯の表面にある硬い「エナメル質」を溶かすことで起こります。

エナメル質は人体で最も硬い組織で、いわば歯の「鎧」のようなもの。
この鎧を溶かすには、それなりに強い酸に長時間さらされる必要があります。
ですから、甘いものを控えてしっかり歯磨きをすれば、ある程度は防ぐことができるのです。

大人の虫歯:加齢や歯周病による「歯茎下がり」が引き金に

一方、大人の虫歯の最大の引き金となるのが「歯茎下がり(歯肉退縮)」です。
加齢や、知らず知らずのうちに進行した歯周病によって歯茎が下がると、これまで守られていた歯の根っこ、専門的には「歯根(しこん)」と呼ばれる部分が露出してきます。

「歯が長くなったように見える」と感じるのは、まさにこの歯茎下がりのサインなのです。

私が院長をしていた頃も、「昔より歯が伸びた気がするんです」と相談に来られる40代、50代の患者さんが後を絶ちませんでした。
これは歯が伸びたのではなく、歯茎が下がってしまった結果なのです。

危険なのは「歯の根っこ」にできる虫歯

そして、この露出した歯の根っこにできる虫歯こそが、大人の虫歯の主役であり、最も警戒すべき「根面虫歯」です。

歯の根っこの表面は、歯の頭の部分を覆っている硬いエナメル質とは違い、「象牙質(ぞうげしつ)」という柔らかい組織でできています。
例えるなら、エナメル質が頑丈な「鎧」だとすれば、象牙質はデリケートな「素肌」のようなもの。

この無防備な素肌が剥き出しになってしまうことこそが、大人の虫歯の恐ろしさの始まりなのです。

なぜ怖い?根面虫歯の3つの恐ろしさ

「歯の根っこにできる虫歯が、なぜそんなに怖いのか?」
そう思われる方もいらっしゃるでしょう。
根面虫歯には、子どもの虫歯にはない、特有の恐ろしい特徴が3つあります。

特徴1:進行が驚くほど速い

先ほど、歯の根っこは「象牙質」でできているとお話ししました。
この象牙質は、エナメル質に比べて非常に柔らかく、酸に弱いという特徴があります。

虫歯菌が作り出す酸によって、エナメル質が溶け始めるpH(酸性度の指標)が5.5であるのに対し、象牙質はそれより弱い酸性のpH6.4前後で溶け始めてしまいます。
つまり、鎧に比べて素肌は、はるかに弱い酸でダメージを受けてしまうのです。

そのため、一度根面虫歯になると、その進行スピードはエナメル質の虫歯の比ではありません。
「ちょっとしみるな」と思っていたら、数ヶ月後には神経に達するほど進行していた、というケースも決して珍しくないのです。

特徴2:痛みを感じにくく発見が遅れがち

根面虫歯のもう一つの厄介な点は、初期段階では「痛み」などの自覚症状がほとんどないことです。
歯の神経から距離がある場所から静かに進行するため、しみる程度の違和感はあっても、強い痛みとして感じにくいのです。

多くの患者さんは、鏡を見て「歯の根元が黒ずんでいる」「食べ物が詰まりやすくなった」と感じてから、ようやく歯科医院を訪れます。
しかし、ご自身で見てわかる段階というのは、すでに虫歯がかなり進行している証拠。

「もっと早く来てくれれば…」
これまで何度、そう思ったかわかりません。
静かに、しかし確実に進行する。それが根面虫歯の怖いところです。

特徴3:最悪の場合、歯が根元から折れてしまう

根面虫歯は、歯の表面に穴を開けるように進むのではなく、歯の根元をぐるりと一周するように、帯状に広がっていく傾向があります。

想像してみてください。
大木を切り倒すとき、幹の周りにぐるりと切り込みを入れますよね。
あれと同じことが、あなたの大切な歯に起こるのです。

虫歯が歯の根元を一周してしまうと、歯の構造的な強度が著しく低下します。
そして、ある日突然、硬いものを噛んだ瞬間などに「ポキッ」と、歯が根元から折れてしまうことがあるのです。

こうなってしまうと、残念ながら歯を残すことは非常に困難になり、抜歯に至るケースがほとんどです。
痛みもなく、静かに進行し、気づいた時には歯を失う
これこそが、根面虫歯の最大の恐ろしさと言えるでしょう。

あなたは大丈夫?根面虫歯セルフチェックリスト

ここまで読んで、「自分は大丈夫だろうか?」と不安に思った方もいらっしゃるかもしれません。
ここで、ご自宅でできる簡単なセルフチェックリストをご用意しました。
一つでも当てはまる項目があれば、根面虫歯のリスクが高まっているサインかもしれません。

  • 鏡で見ると、以前より歯が長くなったように見える
  • 歯の根元(歯茎との境目あたり)が黄色っぽく、色が濃く見える
  • 冷たいものや甘いもの、風が当たると歯の根元がしみる
  • 歯の根元を爪でそっと触ると、少し引っかかるような、ざらついた感じがする
  • 歯ブラシの毛先が根元に当たると、チクッとしたり、ピリッとしたりすることがある
  • 歯と歯茎の間に、食べ物が詰まりやすくなった

いかがでしたか?
これらのサインは、あなたの歯が発しているSOSです。
決して見過ごさず、早めに専門家である歯科医師に相談してくださいね。

今日からできる!根面虫歯の徹底予防法

根面虫歯は非常に怖い病気ですが、幸いなことに、正しい知識を持ってケアをすれば、そのリスクを大幅に減らすことができます。
歯科医師として30年間お伝えしてきた、本当に効果のある予防法を4つ、厳選してご紹介します。

予防法1:フッ素濃度に注目!歯磨き粉を見直す

露出してしまったデリケートな象牙質を守るために、最も有効な成分が「フッ素」です。
フッ素には、歯の質を強くして酸に溶けにくくする効果(歯質強化作用)や、溶けかかった歯を修復する効果(再石灰化の促進)があります。

歯磨き粉を選ぶ際は、ぜひ裏面の成分表示を見て、「フッ化ナトリウム」や「モノフルオロリン酸ナトリウム」といったフッ素化合物の濃度を確認してください。
特に、根面虫歯の予防には、1,450ppmという高濃度のフッ素が配合された歯磨き粉が推奨されています

毎日の歯磨きで、歯の素肌にフッ素のバリアをしっかりと作ってあげましょう。

予防法2:「ゴシゴシ磨き」は卒業!優しいブラッシングを心がける

「しっかり磨かなきゃ」という思いから、つい力任せに歯ブラシを動かしていませんか?
実は、強すぎるブラッシングは、歯茎を傷つけ、歯茎下がりをさらに悪化させてしまう大きな原因になります。

歯ブラシは、鉛筆を持つように軽く握る「ペングリップ」がおすすめです。
余計な力が入りにくくなり、毛先を細かく動かすことができます。
歯ブラシの毛先を、歯と歯茎の境目に45度の角度で優しく当て、小刻みに振動させるように磨きましょう。

歯ブラシは「やわらかめ」を選び、毛先が開いたらすぐに交換することも大切です。
優しいブラッシングは、歯茎への何よりの思いやりですよ。

予防法3:食生活の「だらだら食べ」をやめる

お口の中は通常、中性に保たれていますが、食事をすると虫歯菌の働きで酸性に傾きます。
この酸性の状態が、歯が溶ける時間帯です。
その後、唾液の力でゆっくりと中性に戻っていきます。

もし、あなたが一日中アメを舐めたり、甘い飲み物をちびちび飲んだりしていると、お口の中は常に酸性の状態に置かれてしまいます。
これは、デリケートな象牙質にとっては最悪の環境です。

食事は時間を決めて摂り、間食の回数を減らす。
それだけでも、歯が酸にさらされる時間を短くでき、根面虫歯の予防に繋がります。

予防法4:プロの力を借りる!歯科の定期検診

どんなに毎日丁寧にセルフケアをしていても、どうしても磨き残しは出てしまいますし、ご自身では気づけない変化も起こります。
だからこそ、歯科医院での定期検診が不可欠なのです。

定期検診では、専門家があなたのお口の状態を隅々までチェックし、根面虫歯の兆候を早期に発見できます。
また、専用の機械を使ったクリーニング(PMTC)で、歯ブラシでは落とせない汚れや歯石を徹底的に除去し、フッ素塗布で歯質を強化することも可能です。

「痛くなってから行く場所」ではなく、「痛くならないために行く場所」。
それが、これからの時代の歯科医院との付き合い方です。
半年に一度は、プロの目でチェックしてもらう習慣をつけましょう。

まとめ

今回は、子どもの虫歯とは全く違う「大人の虫歯」、特に根面虫歯の恐ろしさとその予防法についてお話ししました。

最後に、今日の重要なポイントを振り返っておきましょう。

  • 大人の虫歯は「歯茎下がり」で露出した歯の根っこ(象牙質)にできる。
  • 象牙質はエナメル質より酸に弱く、虫歯の進行が非常に速い。
  • 根面虫歯は痛みが出にくく、気づいた時には手遅れになりやすい。
  • 予防の鍵は「高濃度フッ素配合の歯磨き粉」「優しいブラッシング」「食生活の見直し」「定期検診」の4つ。

歯のトラブルは、「ちょっとした違和感」の段階で気づけるかどうかが、その後の運命を大きく分けます。
あなたの歯が発する小さなサインを、どうか見逃さないでください。

この記事が、あなたがご自身の歯と長く付き合っていくための一助となれば、歯科医師としてこれ以上の喜びはありません。
手遅れになる前に、今日からできるケアを、ぜひ始めてみてくださいね。